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いつもそうだ。
調子の悪い時に限って、過去の記憶を垣間見る。
僕がまだ私であった頃の記憶
僕がまだ次期当主ではなかった頃の記憶
現在とは違う暗い過去の記憶が僕を苛む。
どうせなら、楽しい記憶が見たいのに。
+++
暗い暗い部屋で。
灯りがつくもの全てを壊して、深い闇に身を沈めていた。
どうしようもなく哀しかった。
どうしようもなく辛かった。
けれど、自分は決して死んではいけない立場。
姉がいなくなったこの家での次期当主は、自分。
―…あれを継ぐのは、自分なのだ。
理解している。割り切っている。
だからこそ、姉がいなくなった数年必死に努力してきた。
けれど―…
「こんな心で夢なんて見れないよ…」
枯れそうな声で小さく小さく弱音を吐く。
こんな心持ちで夢見などしたら、危険だ。
そう、一生、夢の世界に閉じ込められる―
自力で立ち直るには力が足りない。
僕はこんなに弱かったっけ?
暗い暗い部屋に閉じこもったのは自分。
ただ僕は、生き永らえているだけだった。
身体は生きてても、心は生きようとしていない。
誰かがそんな事を言ってた。
―…生きようとしてるから、僕はここにいるのに。―
暗闇の静寂を大きく開いた扉が打ち砕く。
ご丁寧に、一番見たくもない灯りまでそいつは持って現れた。
「いつまで」
「…何?」
「いつまで、そこにいるつもりだ」
あぁ、怒ってるなぁと冷めた頭で考える。
「さぁ。…いつまで、だろうね」
「…そんな顔して笑うな」
くつくつ笑ったのが気に喰わなかったのか、そいつはなおの事苛立つ。
―苛立つくらいなら、来なければいいのに。
お節介な幼馴染を持ったものだと思う。
「…っ、お前、怪我してるじゃないか…!?」
「怪我…あぁ。ランプ割った時のだろうね」
言われて気づく。持ち込まれた灯りが照らす僕の手には紅い血が流れ出ている。
「貸せ!手当てくらいなら、俺も出来るから」
「いらないよ、そんなの…死にはしないんだし」
「死ななくても、痛いだろう。痕が、残んだろう!?」
怒鳴り散らすそいつに、何でこんなにこいつは怒ってるのかが分からなかった。
―何を君は必死になってるの?―
そう聞いたら、答えてくれるだろうか?
「…痛いほうが、いいよ。正直、生きてるって…実感できないし」
あれ程抱いていた強い感情も、今はどこにもない。
消えそうな程虚ろなこの身を現世に繋ぐのは、痛みと闇だけ。
「お前…」
気持ち悪いくらいにそっと僕に手を伸ばし、壊れ物のように君は抱きしめる。
―そんな優しい君を見る事になるなんて、僕は相当疲れてるんだろうね―
自嘲気味た笑いしか出ない。本当に、何も考えたくない。
「ユース。一度しか言わない、よく聞けよ」
「…?」
僕と違って、体温の高いそいつの腕の中
振り解くほどの力もなく、そのままでいる僕に声が落ちる。
「俺を、恨め」
「…何、を」
「恨んでくれ。そうしたら、お前の生きる意味も、出来るだろう?」
―俺に復讐するって言う、意味が―
泣きそうなそいつの顔が、近づく。
触れる手が熱すぎて、こっちまで泣きそうだ。
…本当、何してるんだろうね君は。
齎される感触が、感覚がどうしようもなく哀しく、痺れた。
「本当に、君は馬鹿だよ」
腕の中、なされるがままに呟く。
悪かったな、と言いながらそれでも君は止めはしない。
「…でも、一番馬鹿なのは僕なんだろうね…」
泣きそうなくらい、情けない。
ユレウス・エル・ゼフェナ、君はそんなに弱かったかい?
姉が死んだ時だって、こんなに駄目にはならなかったのに。
そんなに、あの男が大事だったのかい?
―あぁ、もうどうでもいいや―
今はただ、沈みたい。
そしたら、こいつの望みどおり罵倒してやろう。
父さんと母さんにも、謝ろう。
姉さんのお墓に愚痴りにいこう。
華奢なドレスを纏って、色とりどりの飾りをつけて
甘い香りをそっと身につけ、花の仮面をつけて笑おう。
もう一度、私へと戻ろう。
そして、僕へと戻るんだ。
その時には、この日の事が思い出せないくらい明るくなってあげる。
だから、今はただ…眠らせて。
+++
ティファレト男子寮のとある一室。
ベッドで丸まってうなされている少女が一人。
「…あー…」
情けない声を出して目を覚まし、少女はベッドから起き上がる。
さらりと長い豪奢な金の髪が揺れる。
若干頭が痛いうえに、頬が冷たい。
「…はぁ。情けない気分だよ」
ため息をつく。
よりによってあの日の事を夢に見るなんて。
部屋の中、姿見の鏡の前へと降り立つ。
頼りない華奢な身体、長い金の髪、くりっとした翡翠の瞳。
丸みを帯びたその体つきはどう見ても女のもの。
あの日戻りたかった、私の姿。
「恨め、か…」
小さくかつて幼馴染が告げた言葉を呟く。
本当は優しいあいつは、自分を犠牲にした。
僕を怒らせ、怒りの矛先を自分へと向けることで元気になって欲しかったらしい。
「…恨むわけ、ないんだけどね。」
今、ここで学園生活を楽しめているのは
ある意味、彼のおかげ。
あの暗闇から、手段はどうあれ引きずり出してくれたのだから。
「…」
一つため息をつき、用意していた悪戯用のチョコレートをゴミ箱に捨てる。
僕を幻薬で女にしたあいつへの報復用のチョコレートを。
「今回だけは、許してあげるよ」
―こんな気分で、悪戯なんて出来やしない―
「はぁ。目も冴えたし、ちゃんとしたチョコでも作りますか」
姿見の鏡の前で、にこりと微笑む。
あの頃とは違い、今は早く僕本来の姿に戻りたいと願う。
―だって、僕はもう平気なんだから―